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ビジネス拡大期(1937年〜)

1951年−5代目パトリック・ルイ・ヴィトン誕生。

1954年−創立100周年を迎え、本店をパリのマルソー通り78番地に移す。

1959年−3代目ガストン(76歳)は、現在のモノグラムの素材であるソフトキャンバスを開発(木綿地に特殊コーティングを施したもので、堅牢で弾力性に富み、かつ耐水性にも優れたトワル地)。

1970年−3代目ガストン死去(87歳)。

1978年−日本初の店舗(ルイ・ヴィトン日本支社)を東京・銀座にオープン。

1981年−ルイ・ヴィトン・ジャパン設立。

1983年−アメリカズカップの挑戦艇選抜シリーズ、ルイ・ヴィトンカップがスタート。

1985年−エピ・ライン(麦の穂をイメージした牛革に型押し加工)を発表。

1987年−ルイ・ヴィトンとシャンパン製造会社のモエ・ヘネシーとの合併によりLVMH モエ ヘネシー ルイ・ヴィトンが誕生(LVMHグループは今日、クリスチャン・ディオールやフェンディなど有名ブランドを傘下におさめる巨大ブランド企業に成長)。

1989年−パリ郊外のアニエールにルイ・ヴィトン・ミュージアムをオープン。
香港初の店舗をオープン。

1992年−中国初の店舗を北京にオープン。

1993年−森林をイメージした深いグリーンのタイガ・ライン誕生。
オペラ・ライン誕生(1998年に廃番)。

1995年−パリ、サンジェルマン店オープン。

1996年−モノグラム・キャンバス誕生100周年を記念して「ダミエ」を限定発表。

1998年−バックだけにとどまらず本格的にファッション界に進出。デザイナーにマーク・ジェイコブスを迎えプレタポルテとシューズのコレクションを発表。
モノグラム・ヴェルニラインもあわせて発表。
ダミエ・ラインが定番商品として復活。

1999年−ミレニアムに向けての限定品を3種発表。サイバーエピライン(エナメルのようなエピ地にブラックライトを当てるとモノグラム柄が浮き出てくる)のアジェンダPM(6穴バインダー手帳)・グッド・ラック・ブレス、ミニトランク。 

2000年−マイクロ・モノグラムライン発表。

2001年−グラフィティ・ライン発表。
マーク・ジェイコブズの契約の5年間延長を発表。

2002年−コント・ドゥ・フェシリーズ発表。
同年9月1日、青山に旗艦店オープン。同時にウォッチ発売。

2003年−日本人デザイナー村上隆とのコラボレーションにより、黒地あるいは白地にモノグラムをカラフルに配した「モノグラム・マルチカラー」を発表。このときに発表された商品の中にはモノグラム模様の中に、にこにこマークが描かれた桜の花を配した商品「モノグラム・チェリーブラッサム」や、大きな革製のリボンがついた商品なども発表された。同時に、村上隆のキャラクターであるパンダをモノグラムの上に描いたシリーズ「モノグラム・パンダ」も発売された。
同年4月、ゴート・レザーの新作「スハリ」が登場。

2004年−前年と同じく村上隆とのコラボレーションにより、「モノグラム・チェリー」ラインが発表された。これは、前年のサクラシリーズよりは少し落ち着いているものの、モノグラム地の上に、サクランボのイラストを載せるというデザインであった。
パリで仏語で「影響力」を意味する「アンプリーズ」と名付けられた初のジュエリーコレクションを発表。

2005年−秋冬コレクションとしてキャンパス地のカジュアルなシリーズ「アンティグア」が発表。ナチュラルな生成と真っ赤なキャンバス地が素材である。

2006年−春夏コレクションとして、モノグラム地にパンチングを施し、穴を開けた素材の「モノグラム・ペルフォ」、デニム素材の「モノグラム・デニム」が発売。

2007年−秋冬コレクションは、カラフルなモノグラムマルチカラーをファーの上にプリントした「モノグラム・ミンク」とメタリックな素材の「モノグラム・ミラー」を発売。2月にはバレンタインラインとして、ハート型の小銭入れ「ポルトモネ・クール」、春コレクションは、モノグラムにフレンチレースを刺繍した「モノグラム・レース」、「デニム・パッチワーク」、「ポルカドット」など少数生産、多数コレクションになりつつある。7月にはアメリカズカップへのスポンサード打ち切りを発表。
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