ルイ・ヴィトン辞典 > 歴史 > 黎明期(1854年〜1892年)

黎明期(1854年〜1892年)

1821年−ルイ・ヴィトンが、フランス東部のコンテ地方アンシェイ村で12人兄弟の真ん中の子として誕生

1835年(14歳)−養母との折り合いが悪く、家出同然でパリへ旅立つ。

1837年(16歳)−400kmもの道のりを2年かけて踏破、道中で様々な仕事を経験する。オペラ座近くのカプシーヌ大通りにある荷造り用木箱製造兼荷造り職人の見習いとして働き出す。

1851年(30歳)−バッグ職人としての才能を開花させ、フランス随一のオートクチュール鞄職人として活躍する。

1854年(33歳)−独立し、カプシーヌ通り4番地に世界初の旅行鞄専門店を創業(『ルイ・ヴィトン』のはじまり)。従来の蓋の丸いトランクから、積み上げることが簡単な平らな蓋を持つトランクを考案。革よりも軽い防水加工を施したグレーの無地コットン素材「グリ・トリアノン・キャンバス(Gris Trianon)」を張って作ったトランクは評判を呼び、ナポレオン3世の皇妃ユージェニーが、旅行用衣装箱を発注し、名声が高まる。
またこの年に、エミリー(Emilie Clemence Pariaux)と結婚

1857年(36歳)−息子のジョルジュ(Georges Vuitton)が生まれる。

1859年(38歳)−パリ郊外アニエール市(現在地)に最初のアトリエを構える。

1860年(39歳)−需要に押されて規模を拡大。

1867年(46歳)−世界博覧会で銅メダルを獲得。これにより、世界的な評判を得る。

1869年(48歳)−エジプト総督のイスマーイル・パシャが、1セットのトランクを発注。

1872年(51歳)−トランクの上から、布地を貼るというヴィトンの技法は賢明であったが、容易にコピー商品が出回ることとなり、ヴィトンは別の布地を使うようになった。この布地は、「Striped Camvas」として知られているベージュと赤の2色で色づけされた布地である。しかし、この布もすぐにコピー商品が出回ることとなった。だが、コピー商品に押されることなく、彼のビジネスは成功を収めた。

1875年(54歳)−最初の旅行用衣装ダンスといわれる、ワードローブトランクを発表。

1877年(56歳)−ロシアのGland Dude Nicholasが、1セットのトランクを発注。

1880年(59歳)−息子のジョルジュ(23歳)がJosephine Patrelleと結婚。入籍当日に、ジョルジュにスクリーブ通りの店を任せる。

1883年(62歳)−ジョルジュ(26歳)に子供のガストンが産まれ、ルイ・ヴィトンは祖父となる。

1885年(64歳)−ルイ・ヴィトンは世界進出の第一歩として、ロンドン店をオープン。

1888年(67歳)−ジョルジュ(31歳)が模倣品の防止の為、ベージュと茶褐色のチェス盤に、ルイ・ヴィトンの銘が入った世界で初めての商標登録「ダミエ・ライン」と呼ばれるデザインを考案。

1889年(68歳)−「ダミエ・ライン」が、パリ世界博覧会でルイ・ヴィトン社に金賞をもたらす。しかし、商標登録もされていたにも拘らず、またコピー商品が出回ることとなる。

1890年(69歳)−ジョルジュ(33歳)が5枚羽の錠前を開発し、特許を取得。

1892年(72歳)−2月27日、ルイ・ヴィトンは自宅で息を引き取り、息子のジョルジュ(36歳)が会社の全権を握ることとなった。
ルイ・ヴィトン社はハンドバッグの販売を開始、トランクやハンドバッグなどが掲載された最初のカタログもリリース。

※西暦の隣のカッコ内の年齢は、ルイ・ヴィトンの年齢
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